どこかへ旅した話とか

2009.09.29

AMラジオ放送が好きなので旅先でももちろん聞くよ という話

去年あたりから、おれの中で新潟方向へのベクトルがぐいんぐいんと増大して今年になってからことあるごとに新潟へ出向く。

AMラジオの親近感、雑談感、双方向感、そして好い意味でのB級感が好きで車移動の時は耳のお供はAMラジオだ。

先だっての秋の連休(シルバーウイークって名称は個人的に居心地が悪い。なんとなくE電を連想してしまう)もクルマ旅だったのでずっとAMラジオを聞いていた。

地方局はいろいろと緩いのか先日も新潟で

ラジオ「小さい中古車屋でクルマを買うのは怖いですよね。どんなもの売ってるかわからない」

おれ(たしかにそういう店もあるかもしれんが、それ放送で言ってダイジョブなの???)

ラ「いやいや、大手とかはちゃんとした商品売ってうってますよ、もちろん」

お(おいおい、フォローになってねぇぇぇぇ!)

と言うような放送をきいたけどこーゆー放送を聞くのはいろいろな意味で面白い。聞いていてどきどきだよね(笑

NHK第一放送は連休になるとNHKなりにゆるい放送(もっともNHK第一放送もなじみのない人が思っている程通常放送でカタイ放送ばかりしてはいないんだけどね)をする。

先だっての連休もNHK曰く”若者向け”放送をやっていて、”意外な組み合わせ”をリスナーから募集していた。
そのなかに「おにぎりの具にアンコを入れると意外とおいしい!」みたいな投稿があったのだけれど、聞いていてなにか釈然としない違和感がわき起こる。
あぁ、なんだなんだ?なにかかが違うっ!
スタジオもツッコミもせずに普通に番組が進むが何かが違う。

気がついた。

それ、おはぎとかぼた餅を逆にしただけ じゃねぇかよw

5月の連休の時は河原でテントを張ってラジオを聞いていたんだけれど、NHKなりなアニメの番組を放送していた。
NHK第一放送の休日向け、特に連休向け番組はテレビのNHK教育放送に通じるようなマニアックな放送をしてくれる。
この日の放送は水木一郎兄貴をフィーチャーした番組だった。
オープニング、マジンガーZを兄貴が絶唱。春の香もまだのこる魚野川の河原に「まじんがぁぁぁーぜえっっっ!♪」の歌声が響き渡る・・・
予期せぬところで予期せぬ曲をインパクトのある水木一郎兄貴のライブで聞いてしまい頭の中でマジンガーZの歌がぐるぐる回り始める。
と思ったら、番組エンディングでご丁寧に再び兄貴がライブで歌ってくれた。
だめ押しです。
翌日は頭のなかに ちゃちゃちゃちゃららちゃららららららー どーん どーん そーらに そびえるー くろがねのしろー♪ と常に流れて、気がつくと口ずさんてたりしてw
その翌日もNHKラジオからまさかのこのクルマ旅3度目のマジンガーZを聞くことになる。

なにか、マジンガーZで始まりマジンガーZで終わるゴールデンウィークの旅行だったな・・・

ではまた。

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2009.08.21

晴れそうだったので星を見にいくことにした夏:3

これだけほぼ360°の視界が確保できてこれほど星が見えるとまるでプラネタリウムのようだ。
プラネタリウムが実際の星空を摸しているのだからこういう表現は変なのだが、ほぼ全天ほぼ無光害で夜空を見ることなんで滅多に出来ないのだからこういうふうに感じてしまっても仕方がないのかもしれない。
しかし、(これも当たり前なのだが)生で見るこういう星空は現実感がある。
天球という概念を超えて天の川銀河の外れから中心を遠望している奇妙な遠近感が感じられる。まぁ、実際にそう言うことなんだけどもね。

観望機と星野写真機の2台をセッティングしたのだけど、結論から言うとほとんど肉眼と双眼鏡でぼんやり空を眺めていて終わってしまった。もちろん広角レンズをつけたカメラを載せてノータッチ追尾させておいたり時々思い出したようにFC-100やSE150Nで思いついた星雲星団を覗いたりはしていたんだけど肉眼+αで星空を眺めているだけで十分満足だし楽しい。

基本的に他に天文の人がいる場所には出向かないのでウソかホントか分からないけどこんな”いい空”でも天体写真の人なんかは発電機のもと一晩中薄明るいPCモニターを見て写真撮影をしているとは伝え聞く。けどおれは直に眺めてればそこそこ満足できるからそういうのはいーや。てか肉眼で楽しみたい。
片手間お遊びで天体写真もとるけどそりゃよく写ってればうれしい。でも自己満足できればそれでいい。CGも含めて(笑)いろんな意味でゲージュツ的なものは誰かが撮ってネットに流してくれるだろうしそこまで投資して突き詰める気合いも今のところは持ち合わせてないし。

Dsc_1431ppppsd

画像処理があまいが・・・20:00過ぎに10分露出×2くらいでこれだけ。

適当に10分露出くらいでシャッターを切り地面に寝そべって双眼鏡で天の川を流し”おおー”と呟いたりボケッと空を見上げてまたシャッターを切り、望遠鏡を覗きたくなったらちょこっと気がついた対象を覗いてまたボケッと空をながめる。
これだけ空がいいと逆にこんなスタイルで十分だ(おれは)

すげーすげーと一通り天球を巡回し気がつくと秋の星座があがる時間になっていた。
結局これも”すげー”だったのだけど昇りたての二重星団やM31が目視できるんだな、これが。
双眼鏡の視野内で山の端と一緒に見えるのだから山の端から5°くらいしか上がってないと思うのだが・・・
もっとも、地図で確認するとここからみて北から東南東にかけては近くには目立った町が存在しないわけで特に光害の影響が無い方角ではあるのだけれども。

夜半を過ぎた頃遠くで雷雲が発生したらしく時々光りながらこちらに近づいてくる。
突如の雷雨も対機材的に怖いしにわかに霧が発生して視界も極端に落ちたので最小限の機材だけ出しておいて撤収体制に入る。
でも考えてみたらもう一時間弱で月も出てくるので今回の遠征はこれでお開きにした。
わたし、これでもう十分満足です(笑

いつもの観望地ならこれで即ウチへかえって寝ちゃうんだけど今回はそうもいかず車で仮眠。
いくら涼しい山の上とはいえ深い眠りにはつけず夜明け前に目が覚めた。
空は晴れていて月齢のわりにはやたら明るい月がオリオンの肩のあたりに掛かっていた。
水田が幻想的に月明かりに照らされていた。
バルブで撮影するときれいだなーと思ったけど思っただけで一度うとうとしてしまうとそう言う気力は残ってないのでした。

おわり。

ではまた。

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2009.08.20

晴れそうだったので星を見にいくことにした夏:2

さて、時間をつぶしながら一般道を北上しまだ日の高い午後に新潟・山形の県境付近までやってきた。
場所的には旧胎内村のあたり、胎内といえば星好だったら夜空に期待ができるのはすぐにわかるはずだ。
もうちょっと具体的にいうと胎内よりも北のほうなのだが、これ以上はナイショにさせていただく。だれだってとっておきの場所はヒミツにしておきたいものだ。

このあたりに星を見に来たことは一度もないのだけれど、この”ひみつの場所”あたりはなんどか通過したことがあり「ここ絶対星がよくみえるよなぁ」とあたりはつけていたのだ。

それなりに山に入り込んできているので視界が広がるところは限られている。全方向の眺望は無理としてもせめて北極星が見えて南の視界が開けている観望地をロケハンする。まぁ、それなりにいけるかな?というポイントは見つかったけど、いかにも夜に星見目的以外の人間が来そうな駐車場だったりスキッド痕が残る舗装林道の脇だったりと若干不安が残る。

そこで藪の中へ続く、ここ絶対入っていっても視界悪いよなぁ、という雰囲気の道に進んでみた。
藪をぬけると視界が開けなだらかに南に向かって水田が広がっている。おお、これはいい。決定。
山のスカイラインが地平線となりほぼ360°見渡せる。
目に付く人工の構造物ははるか遠く南東に延びる高圧電線の鉄塔だけで、空を分割するようなものではない。
光害のことを抜きにしてもこれだけ視界が良い場所は本州ではすくないんじゃないか?と思えるほどで、ある意味絶景だ。

Dsc_1415

もうちょっと八王子に近ければ通えるんだけどなぁ・・・残念。

観望地は見つかったが、農繁期の農道の隅に陣取るようなので夕方日の入り直前まで待機してから機材をセッティングした。
時々”ぱぁーん!!”と獣よけの威嚇音が鳴るのはそれなりな獣が出没するということだろうが・・・大丈夫かな・・・

さーて、日が沈んでコントラストの高い夕暮れがはじまった。
空の透明度の良さに期待しちゃうなぁ。
ぼちぼち明るい星が出てきだした、西の視界もいいことだし消失直後の土星の輪みてみた。
流石に合直前だけあって土星を確認した時点でファインダーには山の端が一緒に入り込む高度だ。

うーむ、まだ輪が無い。当たり前なのだが無い(笑

などと時間つぶし、気がついてみれば空は季節線が分かる程に星が見えだしそれは徐々に星座の形になり背景の暗さがある段階になるとドッと天の川まで見え出す。

うーん、すごいわ・・

関東近辺とくらべれば圧倒的にバックグランドが暗いためだろうか天の川が非常に濃い。
星が異様にはっきりくっきり見えるのもそのためだろう。
人間の目の能力には限界があるので空の暗いところで7等星や8等星が見えるわけでもなく、6等級付近の0.1等級程度見えるか見えないかの僅かな差が大きな違いとなるのだろうな。

それにしても、天文薄明が終わった程度の浅い時間でこれだ。
実際、この地点から直に目視できる人工の光源は全くない。
でもさすがに今の日本で光源を意識しないことは出来るわけはなく5キロ程度離れた集落の街灯の明かりがぼぅっと谷間を照らしているのがわかるが、これはほぼ無視していい程度だ。
さらにこの地方の中心的な街(といっても程度はしれているが)の明かりが西よりの夜空に10°×10°ほど見て取れる。
間接的な光害はこれしかないが、空が非常に暗く光源の方向が方向なので若干残念なところだが、これは時間がある程度解決してくれるだろう。実際夜半前後にはだいぶその影響は減った。
この場所で夏の銀河を本当に楽しむなら5月あたりが良いかもしれないなぁ。

つづく

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2009.08.19

晴れそうだったので星を見にいくことにした夏:1

今年の盆休みは久しぶりに自転車で遠出をしようと思った。
輪行とかではなく、自分の家から出て2泊3日で200km弱ならまぁ走れるんじゃないかな、と。
で、さーて明日出発するから早く寝よう!と思い明日からの天気を確認したら、なんか予報が好転して週間予報にはお日様マークがならんでいる。

あ、星みたいな。

そう思っちゃったら気分はもうそっちに切り替わってしまい、さっそく車に機材を積み込んでいつでも出発OKにして寝た。
星見だから明日の朝はそんなに朝早く出発しなくてもいいのでその辺はちょっと気が楽だ。

世間的な盆休みから微妙にずれて8月15日の関越道を新潟方面へ向かう。
いつもの休みでドライブ目的の旅行なら気分が良さそうな一般道なるべく使い走るのだが今年はETC特別割引もあるし目的が別なので高速道をずんずん行く。
大きな渋滞方向と逆に走っているので平日よりも交通量は多いもののお盆の高速道路との意識はまったくない。あえて言えば10分程度続く上り車線の車の列でそれは意識できた。

午後も遅くなった頃に燃料警告灯が点灯し、時間的にちょうど観望地を探すようだし三条燕で高速を降りた。

給油も完了し、コンビニで食料を買い地図をみて観望地の当たりを付ける。
まぁ、旧山古志~栃尾あたりが景色もいいし見はらしもいいので前から目は付けていたのだけど、天候はちらほら青空は見えるものの基本的に曇りの空だ。
はるか西の低空は晴れているけど方角から推測して海上が晴れていて陸地で雲が沸いている感じかな。

こりゃ今日は駄目そうだなぁ、と思いつつ駄目なら駄目でとロケハンをかねて栃尾方面に向かった。
結果的には日が沈んでも雲は引かずに観望はできなかったのだけどいい夕焼けを見ることが出来たしまだ休みは続くわけだし、この日は20:00頃には見切りを付け長岡のビジネスホテルへ入った。
寝る前に外をみたら南中した木星が少しの間雲間から見えていた。

Dsc_1402iiyuu

いい夕焼けだ

開けて8月16日、朝から期待させてくれる青空が広がる。
ネットで天気概況をチェックすれば、秋田沖の高気圧が昨日おとといよりも速度が遅くなり(というか停滞している)若干南によって来ている。

日本海側の新潟~秋田は概ね一日中晴れだ。
うむ、よいぞ。
長岡近辺でも夜まで晴天だろうが、折角なのでさらに良い星空を求めて高気圧へ向かい北上を開始する。
今日もETCは上限1000円なのだが、北上すると言っても目星を付けている観望地まで200km程度なので一般道をドライブしながら向かうことにする。
高速道路でむかえば昼過ぎには着いてしまう。そんなに早く着いても時間をもてあましてしまうからね。

つづく

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2009.05.02

俺も明日は北へ流れる:ヨレヨレ記事で終わる

最近は天文ネタばかり書いてましたが、べつにそーゆー専業ブログじゃないので駄紀行も書きますよ。
まーあれです、所詮個人サイトなんて自分が満足すればいい(自主規制)みたいなもんだ!と思ってますからネ。

さて。

昔からの友人と久々に河原で焚き火をしようと計画していたのだけど、彼に最優先させねばならない事情が発生し突如この連休のスケジュールを組み直すことになった。
まぁ、基本的には予定はそれほど立てないでえいや!と出かけるタチなのでいつもと変わらない状況なのだけれど、出発まで助走期間がないというかココロの準備があまりないだけに少々とまどう。
ここ何年かは連休には自転車担いで輪行へ出ていたのだけれど若干自分の中の自転車熱も冷めてきたこともあって、急にテンションをあげられない。それ以前に長距離に対応したメンテや準備をしていないのでいきなり自転車を持ち出すのもなんか怖い。

さて、どうしよう。
車で出るのも混んでそうでうざったい。
列車旅も正月に敢行したので気分的にはまだ欲してない。

そこでハタと気がついた。
おれには、おっかさんから貰った二本の脚がついているじゃないか!
歩こう、歩こう、私は元気ー

と言うことで、歩いてどこまで行けるか方面に好奇心が起ち上がってきた。
いやいや、自分を試そうとか磨こうとかの精神修行系じゃぁなくて、単に移動手段の好奇心と言いますか。
いままでのカヌーで川下りやら自転車で輪行も要は移動手段への好奇心だもんなぁ。現地の空気に入りながら線の旅が出来るのはいい。
車だとおれ的には点の旅なんだよなぁ。まぁ、いい面もあるんだけど。

家から歩いて出発してどこまでいけるか?にもちょっと興味はあるけど3日で100km、すごく頑張っても200kmくらいが限界なのは目に見えてるので出来れば気分がいいところで挑戦したいな。八王子からだと下手すると同じような風景範囲で終了だ・・・
どこ行こうかな。
たぶん、おれ的心のふるさとの新潟か山形だなぁ。
どっちに行くかはたぶん明日うちを出るまで決まっていない。(突然やっぱ自転車をもって出てるかもしれんし・・・)

ではまた。つづく。→ 糸冬 了

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2008.11.27

番外・だから私は沖縄へ行くの:気になったことの覚書またはネタ帳

今回の沖縄行きで気になった小ネタをつらつら書くと・・・

  • UCCの自販機が見慣れないカラーリング
  • 110円にして売っている自販機が多いなーとおもったら沖縄の自販機は基本110円販売だった。
  • 沖縄限定の飲み物や食べ物をやたら売っている。
  • 自転車が少ない。
  • 自動車が多いと聞いていたが、東京を知っていると驚くほどではない気がする。
  • が、街の規模とか考えると多い。
  • タクシーとバスがやたら多い。
  • クラクションを鳴らす車が多い。
  • それ絶対暑いって!って格好の若者がいる。
  • 私が半そでで汗流してるのに薄手だけどフリーズはおってる香具師とか普通にいる。
  • 女子高生とかは崩れたMAXっぽい。
  • ファンキー中年が多い。ポニーのおっさんとか。
  • 釣具店は”つりぐ”とひらがなで看板を出す。
  • セブンイレブンがない
  • そのかわりファミマの多さは異常。歩道橋から一度に3店見つけましたが。
  • コンビニでおでん販売ちゅー。今日は沖縄にしては肌寒いらしい22度・・・
  • コンビニで使い捨てカイロ販売ちゅー。陳列に隙間があったから売れてるんだと思う・・・
  • 歩行者が意外と(失礼!)信号を守る
  • 自動車が比較的ゆっくり走る
  • 車は、内地感覚で「そこで本線にでてこないだろ!」というタイミングで合流する。
  • が、速度を出さない車が多いから沖縄ではそれでOKだったと1日運転してわかった。

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だから私は沖縄へ行くの:←ちなみにネタもとはチェリッシュの歌

京都の街はそれほどいいのー♪

曇りの那覇を離陸した飛行機は西風にのって2時間弱で羽田に到着。
はやっ。遠くへ行った気もようやく帰った気もしねぇw
実際新幹線で大阪へ行くのと大差ない時間です。新幹線時間で言えば岡山から向こうへ行く方がよっぽど遠い気がする・・・
当たり前だけど、雲の上を飛ぶと晴れている。雲を上から観察するのも結構楽しい。
が、東京へ近づくとドンドン雲の高度が上がりやがて雲の中を飛行するようになってしまった。シートベルト着用サインも付きっぱなしだ。
こうなるとちょっとつらいかな、と思ったのだけど当機はあと25分ほどで着陸態勢に入りますとのアナウンスが。
あら、もう付いちゃうの!飛行機の速度感覚がいまいち体に入っていませんですね。

羽田の気温9度、長年こちらで生活しているので寒くて参ったという感じは全くしない。
むしろやっぱり12月も近ければこのくらいの気温だよなぁ。という感じ。
モノレールにのって浜松町に向かう。車窓から見える都心の少ない緑も紅葉が始まっている。
あー、なんかこういうのがホッとする。
確かに人が多くてゴミゴミはしてるんだけど、妙に落ち着くのはDNAに関東人としての記憶が染みこんでるだろうな。
そして中央線に乗って八王子方面へ。
高架工事の進んだ中央線から見る景色は郊外へ向かうにつれて緑が多くなり山が近づいてくる、紅葉も峠を越えて冬枯れ直前の景色がココロを癒す。あぁ、おれは多摩の人なんだなぁと実感します。
沖縄へ行ってばっちりはまって若者ならそのまま居着いちゃう人とかいますが、今回の沖縄行きは若干ひねくれ気味に”多摩スピリット”を再確認するという自分でも意外な結末での幕となりました。
誤解がありそうな締めですが、沖縄を否定してるとかじゃないんですよ・・・

おわり。

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2008.11.26

だから私は沖縄へ行くの:何でもそうだけど聞くと見るとでは大違いです

1945年5月27日首里の司令部を撤退した陸軍が最後に陣地を構えたのがここ摩文仁(まぶに)だ。
首里を失って以降沖縄南部に追い詰められ、ますます住民を巻き込んでの戦闘が泥沼化、内容は知らなくとも名前くらいは誰でも聞いたことがある”ひめゆりの塔”で知られるひめゆり学徒隊の自決などの幾多の悲劇が発生した。
そして、1945年6月23日牛島司令が自決、日本軍の指揮系統が消滅し事実上沖縄戦が終結した。

その摩文仁司令部跡に作られているのが平和祈念公園(記念じゃないところに注意!)だ。
到着と前後して雨が降り出してきた。駐車場には観光バスが数十台止まっている。
車を止めて傘をさして歩いていくと若い連中がワラワラと慌ててバスに戻ってくるところだ。
最初、なぜ10代の若いのがこんなにゾロゾロいるのかピンと来なかったが中には制服の集団もいる。
あ、そうか、修学旅行か。
決まっている見学コースを友達と回る彼ら彼女らの何人が沖縄戦の悲劇を一歩踏み込んで捕らえているかはわからない。
ただ、記憶の片隅でもいいから半世紀以上前にここで戦があったことだけは覚えておいてくれ。

若人たちがいなくなり人気のなくなった平和祈念公園をひとまず丘の方に行ってみた。
坂を上っていくと各県の戦没者慰霊塔が並んでいる。

重い。なまじ戦史に興味があり経緯を知っているだけに重い。

Dsc_1076ssd

青森県の戦没者慰霊碑は林檎のカタチ。国立沖縄戦没者墓苑の入り口付近ではまだカメラを向ける余裕がありましたがこの後はとてもそんな気持ちにはなれませんでした。

 

初めのうちは青森県の慰霊碑は林檎を模して作ってあるんだな、へー。と多少余裕があったのだが、隣も、その隣も、ずっとおくまで続く各県の慰霊碑。真新しい献花は先だっての連休の時のものだろうか。平日の今日でも現にいま献花されている方もいる。おそらく遺族の方だろう。
ここには戦争で人が死んだと言う事実が淡々と並んでいるだけなのだが、それが返ってもの凄い重さで訴えかけてくる。

涙が出てきた。

丘を下りたところに”平和の礎”がある。

Dsc_1077ss

修学旅行生が向こうからやってきた。もしかしたら”戦争を知らない子供たち”の子供の子供の可能性さえあるんだよなぁ・・・

沖縄戦での戦死者を敵味方区別せず記した石版が並んでいる。
20万を超える名が記されているのだが、これもまた戦死した人がいるという事実しか語っていないのだが数字を視覚的量で見せられるとあまりに愕然とする量である。
ここは慰霊施設ではないのだが募金箱の前にいく束か献花してある。
おそらく私の家系を3代遡っても沖縄戦と関わっている人物はいないと思いますがそんなことはどうでもいいです、手を合わせずにはいられませんでした。

沖縄最南端部のここからは海が見渡せるのだけど、摩文仁で最後の抗戦をしていたときに米軍はこの沖合に戦闘艦艇を配置し、唯一と言っていい海岸ぎわの湧水池に水をくみに来る人間を狙ったそうです。
それが悪いとかいいとかはいえません。たぶんそれが戦争です。
2008年の今ならいい景色で、晴れていたならここで戦争をやってたのは夢なんじゃないかと思えるかもしれません。
我々が戦史として目にする映像や画像はほとんどが荒い白黒なのでどうも現実感がありませんが間違いなく抜けるような南国の青空の下でも実弾が飛交い当たればもしかしたら人の形のままで居られないような死に方をしていたに違いありません。
それが戦争なんだと思います。

Dsc_1079sss

摩文仁司令部の南側はバンタ(崖)と海。風光明媚であろうが何であろうが実弾が飛んできて当たれば人は死ぬ。

平和祈念公園に来て相当精神的に参りましたが、来ておいて良かったと思いました。
まさに百聞は一見に如かず。見ると聞くとでは大違いの巻き、これにて終了。ちょんちょん。

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だから私は沖縄へ行くの:那覇から下半分は八王子から港北ニュータウンくらいまでな感じ

仕事も完了したし、車も東京行きフェリーに乗せる段取りも済んだしほんとの意味で自由時間です。
平日ですけどいろいろ手を使ってすぐに帰らなくてもよいようにしてあるしw
さて、23日以降天気がよくない沖縄ですが、本日もいつ雨が降ってもおかしくないような天気。
といってもゆうに20度を超えていてまぁ、関東人の感覚ではTシャツでいても過ごせないほどでもない陽気。しかし、こちらの人の感覚では肌寒いらしく、関東基準で10月頃の格好の人をちらほら見かける。上着着て毛糸帽子は絶対暑いって!と心の中で言ってしまいますね・・・

今日はレンタカーを半日程度かりての観光。
沖縄は観光客相手のレンタカー需要が多いと見えて手軽に、そして安価に借りることが出来る。
借りるのはこちらに来てからネットで探して予約したものだけど、当日返却で1000ccクラス保険込みで3000円ちょっと。
やすいですよねぇ、フルに利用すれば1時間300円弱ですもん。
店舗は、やけにそっけない若いのがルーチンワーク的に対応してくれましたが安いからいいや(苦笑
観光といっても摩文仁の平和祈念公園へ行ってみる。以外は特に当てがないので適当に郊外へ向けて流す。
カーナビがついてるから現在位置が把握できるのでその点で安心だ。

メインストリートは確かに交通量が多いけど、そこから外れると全体的には車が多いことには変わりはないが、ずいぶんのんびりと気楽に走れるようになる。
それほど大きくないとくるときわかっていたけど、昨日のうるまからの帰りも含めて実際に自分で移動してみると面積感覚がつかめてくる。那覇から南の区域って八王子と周辺市を合わせたくらいの感じかな。
意識して”裏道”を走り30分もしないうちに沖縄本島最南部の平和祈念公園に到着。

つづく。

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2008.11.25

だから私は沖縄へ行くの:遊びに来たんじゃないだってば

仕事ですw

平日の沖縄は初めてです。交通量が多い多いと聞いていますが、本来の顔はこれからでしょうね。
ってことで、07:30車を国道58号に乗り入れます。
むむ、たしかにこの程度(といってはすまないが)の街でこの交通量は多いわ・・・;
南関東の都市部に引けを取らないですな。ま、すんでいるところがそんなところなんで戸惑いませんが、でない人は”なにこれ!こんなこんでるのぉぉぉ!”ってなるかも。

うるま市某所まで行かなければならないので、取りあえずは那覇I.Cから高速に乗ろう。
と昨日行った首里の方へ車を走らせる。
昨日乗ったモノレールの下の道なので急勾配なのわかっていたが、実際運転するとかなりな勢いで上る。赤信号で止まるのがいやなほどだ。
そして首里を過ぎるて猛然と下ると那覇インター。うーむ、沖縄本島って結構でこぼこなんだな。

高速に入る。那覇空港道が合流してくるとそれなりにいい交通量だ。たしかに車が多いわ。
ただ、びっくりするほど飛ばす車がいない。

那覇~うるまは40km位なので高速移動なら30分ぐらいだ。
まー、ちょうど八王子~新宿行くぐらいの感じかな。

んなわけで午前中は某政府機関関連の仕事でした。

ではまた。つづく

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2008.11.24

だから私は沖縄へ行くの:安里52高地と首里城と最南端駅とてびちそば

時系列は多少戻る。
昨日までの晴天とは打って変っての曇り空だ。
天気予報では午後から寒冷前線の通過があり、かなり本気で雨風が強まるらしい。
降り始める前に那覇市郊外の戦跡、安里52高地、別名シュガーローフヒルを見に行こう。
あまり一般には知られてないが沖縄戦で最大の激戦ともされるこの丘、1945年5月12日から18日にかけて激しい争奪戦が起こり日米双方でおそらく1万近い死傷者を出している。
ゆいレールおもろまち駅のすぐ近くにその丘が給水施設として現存している。

Dsc_0926ss
ある部隊が展開していたガスト横交差点付近の米軍視線で見たシュガーローフヒル。奥の小高い給水タンクがある丘がそれ。

Dsc_0935ss
日本軍視線で見たシュガーローフヒルからの景色。無論、当時こんなにのんびりお互いを確認しあえるはずもなく、地形が変わるほどの砲撃で前が見えないほど土煙があがっていたとか。

はなしには聞いていたが、両軍が対峙していた距離が驚くほどちかい。ダッシュで30秒もあれば行ってしまうが、米軍がこの丘にたどり着くまで一週間と3000名近い犠牲が必要であった。

アメリカのための正義の旗の元とはいえ本国から数千キロ離れた東洋の小島で戦い死んだ人、国を守り大儀を通すため、ほとんど結末がわかっている戦いを選択肢がないまま行わなければならなかった人、どういう心境で散っていったのか僕には到底わからない。が、とにかくこの一帯で数千人が亡くなっている。

日本軍は劣勢な戦力、限られた弾薬で応戦したが如何せん制海制空権が失われ、本土も消耗しきった状態で増援もなくついにはこの防衛ラインも破られ首里城に構えた司令部を背後から包囲される状態になってしまい、やがて首里司令部撤退から摩文仁での玉砕につながっていく。

元々は米軍住宅地だった場所が返還された今は、その戦場も新都心地区として開発華やかだ。
ここがそんな激戦地だとは知らずにここで娯楽に興じるのも悪いことではないと思う。ただ、ここにそのような歴史があることは誰かが少しでも記録に残し記憶に止めておかなければならないことだろう、微力でもこのブログがそのような役割を果たせれば戦没者の方々に餞が出来る。

シュガーローフの戦いに興味を持たれた方はこちらのサイトで詳しく解説されていますので参考にしてください。

さて、次はゆいレールで首里城に移動。おもろまちから少し進むとモノレールは猛然と勾配を上り始める。ほほぉ、首里城ってこんな標高たかいんだ。
ついた頃から雲行きがさらに怪しくなり多少ぽつぽつ。
軍の司令部が置かれていたとあって、沖縄戦では完膚なきまでに破壊されてしまっているので今ある首里城は近年の国営事業による作り物、というと聞こえが悪いな、再建されたものだ。(でも、琉球王朝がない今、再建てのもどうよ、って気も多少するが)
しかし国営事業と言うこともありひょっとしたら戦災にあってないんじゃないの?って気すらしてくる出来映えだ。(歴史にifはないのだけれど)空想の中で遊ばせてもらえばもし沖縄戦が回避されて首里城が破壊されなかったらもっとよかったのだけど。   

ゆるゆると幾つかの門をくぐり本殿前まで上る。このさき首里城本殿は有料です。ま、作り物だしいっか・・・とか思っていたら雨が降り出したので近くの休憩所に入る。
設置してあったPCで首里城の歴史や説明を見る事ができたのでいじっていると結構面白くしばらく見入る。そして気がつくと外は本気の雨だ。アドエスでネットに繋いで気象庁のレーダー画像を確認するとまさに寒冷前線通過中、2時間ぐらいだめだねこりゃ。

ま、急ぐ用もないしいっかな。と思っているともうすぐ琉球民謡公演があるとかないとかのアナウンスが。
どこでやるのよ?外すごい雨だしまいっかな。と思っていたら琉球音楽が流れてきた。放送で流してるにしてはいやにリアルだなとおもったら今いる建屋の軒でやっていることが判明、そういや、表にテントで座席がつくってあったな。

でも外は横殴りの雨だし、なんか裏手(ついたて一枚はさんで公演してるんですよ)でゆるく聞いてるのも悪くない。

最初は、どうせ只だし、なんかカタチ見せて終わりでしょ。とか思っていたのだけど聞いているうちになんか心に響くものが出てきた。琉球語なので何言ってるのかさっぱりわからないけど非常に心地いい。気がつくと目頭がちょっと熱くなっている、なにおれ感動してるじゃないか。
男性が緩やかに歌う唄はなんというか、ゆったりと小船に揺られている初夏の沖縄午前9時みたいな気持ちよさである。それまで琉球民謡との接点はハイサイおじさん♪ぐらいでオモシロ民謡ていどしかなかった認識が180度かわりますた。

この後雨が少々小ぶりになったところで朱礼門で2000円札と記念撮影し、首里駅に戻りそこから日本最南端の駅へ移動。

Dsc_0990sss
あじけねぇ・・・;

まーベットタウンな住宅地にある新しいモノレール駅だからしかたないっちゃ仕方ないが無機的過ぎます・・・orz

とりあえず今日行きたかったところは回ったので、ここで市街地に戻って昨日の定食屋でてびちそば定食(ポーク玉子・さしみ付)730円を食す。”てびち”ってなによ?と思ったらどうも豚足のことだったみたい。ソーキそばとてびちそばの違いって、沖縄そばに何がノッかってるかってことみたいね。

さて明日は沖縄に来た本来の目的。仕事です・・・w

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だから私は沖縄へ行くの:沖縄といえば2000円札

見かけると幸せが訪れるという伝説の紙幣(うそ)、2000円札。
おぼえていますか。
九州沖縄サミットの時に何を思ったのか突然に作られましたね。
その後の扱いは1000円と間違えるからいやとか、自動販売機で使えないからいやとか、なんか中途半端な金額で計算しにくいとかサンザンな扱いだったと記憶しています。
斯く言う私も、年に一回ぐらい2000円札を持つのですが即行でコンビニとかで使って1000円札と小銭にくずしてしまいます。まえにそうやって使ったところ、レジのバイトの女の子が「なにこれ!店長!2000円札ですよー!」と驚いていましたっけ(笑
今回の沖縄行きが決まる前に運命のいたずらか私の財布にはピン札の2000円札が入っていました。
で、なぜか使っていませんでした。
むむむ、これは朱礼門のまえで一緒の写真を撮れとの神の声だな。たぶん。
前フリが長くなりましたが、ということで撮ってまいりました。

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折しも寒冷前線通過中、本気の雨と強風でうまく撮れなかったけど同じ画だ!

これだけが目的で首里城に行ったわけじゃないですよ・・・w

てなわけで、つづく。


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2008.11.23

だから私は沖縄へ行くの:マイチャリ in OKINAWA

ホテルの駐車場に入れたのが11:00頃、チェクインが早めのホテルだけどそれでも14:00なので少なくても3時間は時間をつぶさなくてはならない。
無理に時間をつぶさなくても、せっかく沖縄へきたのだから何処かへ行かなければ。
ということで車の荷物に紛れ込ませて置いたマイじでんしゃ(←なぜか変換できない)(ネタにマジレス禁止)を組み立てて那覇近郊へポタリングへ出かけた。
あ、組み立てたっつても1万円くらいの折りたたみじやなくてちゃんとシマノのコンポーネント使ってるまぁそれなりのアレですよ。
沖縄観光ではレンタカーを借りるという手がスタンダートらしいけど、自転車で街を散策したほうが空気にもふれられるし車より目線が住んでる人に近くなるから楽しいんだよね。それに来る時に上空から下見した感じでは那覇以南は二次元的にそう広くないとみましたし。沖縄も走ってみたかったし。
とりあえず近くのコンビニでライトマップルの沖縄を買って南へこぎだした。
えーと、どこへ行こうかなー、最近脚力落ちたから40kmくらいに押さえないとばてるなー。
とか思いつつふらふらる。
途中地図をみて、そうだ、海軍壕公園へいこう!とそちらへ進路をとった。
63年前の沖縄戦末期、海軍司令部が置かれた那覇近郊の小高い丘。
いまはすっかり那覇の郊外ベットタウンになってその頂上付近まで開発されている。
西には東シナ海、東には太平洋が見渡せる。頂上付近は海軍壕公園として整備され、折しもよく晴れた連休中日で家族連れで賑わい子供たちの声が響き渡っていた。
直接、先の大戦は知らない世代なのだけれど平和って言うのはこういうことなのだなぁとしみじみ思う。(戦後米軍統治以降の問題はあるのだか・・・)
1945年6月6日、~沖縄県民斯ク戦ヘリ~の電文が発せられ6月13日大田司令の自決によってこの地で海軍の沖縄における組織的抵抗は終結したのだった。戦後確認された遺骨は2000柱を超えたとのことである。

このあと、糸満市近郊から南風原を通り那覇へ帰還したのだけれど、いやー沖縄は自転車で走るには車は多いし道は狭いしアップダウンが多いしあんまり向いてないですね。
広い道もあるけど、そこはそれ、交通量が多いから車道はちょっとこわいっす。

15:00ころ一度ホテルに入り昼飯を食いに(自転車こいでる途中に食うと気持ち悪くなっちゃうのよ、おれ)町へ出る。

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ポケモンのイベントやってました。サトシの中の人@松本梨香さん(モノホン)が歌うたってました。対面の国際通りの土産物屋では海人Tシャツとかポケモンキャラぬいぐるみ売ってました・・・

一応国際通り方面へ向かうも、一見して「あぁ、これは東京で言うと竹下通りみたいなもんだな」と思ったので少々ルートを変えてぶらつくと地元の人ターゲットな食堂があったのでそこに入る。品書きが壁一面に貼ってあるのがうれしい。

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定食屋はこうじゃなきゃ。

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コップはやっぱりオリオンブランド!

ここで迷わずソーキそば定食をオーダーする。ポーク玉子付だ。沖縄だから。
おお、730円でこのボリュームか。ずるずる。刺身4切れついてるぞ。ズルズル。ところでソーキってなによ?ズル。
ソーキそばは初めてだったので相対評価ができませんが、嫌いじゃないですよ、これ。
そして次に昨日目をつけておいた地元スーパーへ。
うおー、パパイヤが普通に売ってる!島みそ売ってる!酒コーナーのビールはほとんどオリオン!スパムが普通に売ってる!見たことないパスタ売ってる!惣菜コーナーにミミガー売ってる!

旅先ではたいていスーパーによるんだけど、内地にはないコーフンがこの沖縄にはあるなー。
まだ帰りまで日があるのでここで味噌とか買ってもあとで困りそうなのでぐっと我慢して、オリオンビールとミミガーと見たことないソーセージを買ったのでした。

ではまた。つづく。

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だから私は沖縄へ行くの:車がついたので取りに行く

昨夜、おそらく19:30ころに那覇新港に到着しているわが車両を取りにいく日。
ホテルから港までおよそ4km、タクシーでびゅびゅんといけばたぶん1500円の15分ぐらいでいちゃうんだろうけど、街を見たいし歩いていくことに。いい天気だしね。
09:00から10:00くらいに引き取るとつ伝えてあるので8時過ぎころ出発。予想所要時間60分ちょいかな。
アドエスのグーグルマップ片手に一路港へ。
車も人も意外なほどすくないなー、沖縄県民は夜遅くまで飲んで朝遅いと聞いたことがあるし今日は休日だからか?わからんが。
車はすくないといってもバスとタクシーは頻繁に通る。タクシーは夕方の東京駅周辺にも引けを取らないほどだ。やはり軌道系交通機関が最近までなく自動車メインで街が造られているからなんだろうか。
しばらく歩くと泊港(とまりん)だ。ここからは近隣離島行きのフェリーや客船が多数航路を持っている。
朝のこの時間は下り1便の出向前らしく4,5隻が停泊していた。
この辺りから那覇新港までは埋め立てた港湾地区を歩く。ここが沖縄じゃないと言われればそうかもしれないなぁ、と思うほどいありふれた景色なのだけど、旧海岸線と思われる海岸段丘になにやら防空壕というかトーチカのようなものが目に入った。
一瞬、戦跡だとおもったのだけれど、よく見ると大小いくつか並んでたりする。
ん?なんだあれ??とさらに観察するとならびに亀甲墓専門の墓石屋さんとかが建っている。
あー、墓地だったのだな。沖縄ではフツーにお墓は亀甲墓だと聞いていたけどほんとに違和感なく墓地は亀甲墓が並んでいるのだった。
いやー知識で知っていても現場に行かないと本当のところはわからないですねw

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いたいた。でもこのあと港をぐるっと半周しないとたどり着けなかった。

しばらくあるくと、港の”あっち側”に3日前に見かけた船が泊っているのがみえた。お、ちゃんときてるじゃねぇーか、とフェリーターミナルに行くと我が車両はどこにも見当たらない。
どこかに落としてきちゃったのだろうか。
聞いてみると、無人車は委託陸送会社(たぶん)が管理していてさらに奥の駐車場にあるということで、いってみるとあっちに見覚えのあるトラックが止まっている。よかった、あったw
詰めているおっちゃんに鍵をもらって無事エンジン始動。ひとまず今日のホテルの駐車場に回送だ。

つづく。

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2008.11.22

だから私は沖縄へ行くの:気温タイムトラベル

つづき。

風向きの関係で那覇空港進入は南からになったので、うるま市北部あたりから本島東岸を南下しそのまま本島に沿いながらの那覇空港に進入だ。おかげでリアルに地勢が観察できた。
なるほど、東京都をちょっと大きくしたぐらいかな。出発のときの風景から比べると横浜~23区~川口くらいだろうか。
旧コザ市あたりから体感でわかるぐらいの勢いで高度を落とし始めるのだけどどうもこの上がったり曲がったり下がったりの感覚がなんか馴染めないなぁ。そう簡単に落ちないとはわかっていても無意識に緊張する。
機体は徐々に高度を下げ、雲を突っ切る。いやー雲って突入すると衝撃があるんですね、考えてみりゃ水蒸気のカタマリだから当然なんだろうけど。
もうこの高度までくると地上の建造物などがはっきり視認できる。南部戦跡群のひめゆりの塔など、あれがそうか、とはっきりわかった。南からの上空視線で見ると日本軍が63年前の6月にこの南部に”追い詰められた”感じがよくわかる。
首里司令部撤退後北から追い詰められ、今飛行機がいる辺りの海上にはおそらく多数の米艦艇が待ち構えていたはずだ。客観的にみてどうにもならない状態ではあるな・・・

さてそうこうしてるともうすぐ那覇空港だ。機はフラップ最大、着陸態勢に入った。
進入角度調整で若干ふらつくが、そのたびワーキャー騒ぐ馬鹿客がいる、やめれ、こっちも怖くなるじゃないかw
で、オーバーランもしないで無事那覇空港到着。
駐機場からのバス移動なのでタラップを降りると・・・予想通り寒くない。
というかむしろ暑い。沖縄は夏だった、とまでは行かないが晩夏だったぐらいに言っても怒られない気温であるな。
今回のタイトルどおり東京基準で3ヶ月くらい時間を巻き戻した感じの体感温度だ。
人間、こう一気に体感温度がかわるとどういう服装をしたらいいか即座にわからないもんで、とりあえずTシャツに長袖シャツを羽織るが、結局すこし歩くとTシャツ1枚で十分だと判明いたしますた。

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沖縄に鉄道があれば最西端と最南端はもらったようなもんだぜ!

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暑いから、エアコンが普通にかかってますた。


空港からの市街までの移動は何はともあれ戦後初の軌道系交通機関のゆいレールで。
ま、乗ってみればモノレール以上でも以下でもないわけなんだけどね(笑)
こっちのヒトは乗りなれてないのか、やたら出入り口付近に溜まるのは気になったけど。

さて、とりあえず那覇バスターミナルすぐ横の旭橋で下車。
南部バス路線がほぼすべて集中する一大バスターミナルだ。
なんか公共交通機関のターミナルだと市中心部ぽいかなーと思っていたんだけどどうもちょっと違うな。

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バスいっぱい!町並みはその向こうの遠景からなんとなく察することができるこんな塩梅。

そろそろ日没だしホテルまで街を観察しながら歩くと、那覇は一般鉄道がなく中心駅がない状態でさらにアメリカ統治で大きくなった街だからか内地感覚ではまさにどこが中心かよくわからない。日本で唯一市街戦が起こりいっぺん平らになってしまって古い街区があまりないってのも一因かもしれない。

一泊目のホテル。
観光県であるからか、ビジネスよりのホテルだけど雰囲気も対応も備品も悪くない。
というかむしろ平均点以上で安価だった。
宿泊者向けの生ビール無料券をくれたのでホテル併設のジョイフル(ファミレスねw)でカレーハンバーグドリアを食べる。沖縄初食事がなんとも非沖縄的ではありますが・・・
あ、でもビールはもちろんオリオンビールでした。

この後、辺りを一回りしたが、やっぱりオフィス街なのか飲み屋街なのか風俗街なのか住宅地なのか判然としない。このあたりだけかも知れないけどなんか渾然一体とした雑多な印象を受ける。
知らない街で夜変にうろうろして危険地帯に足を踏み込むと冗談でなくヤバイかも知れないのであまり奥地に侵入はしませんでしたがね。

帰り際に夜空を見上げてみると北極星がやっぱりなんとなく低い。
星好きはこんなところでも東京から緯度にして約10度南下してるのを実感するのでした。

ではまた。つづく。


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だから私は沖縄へ行くの:ナハといえばせんだみつおを思い出す(音で)

定刻より5分くらい遅れてB737-800、SKY517便は羽田を後にした

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機体記号JA737Rだからスカイマークの一番新しいB737-800ですね。
飛行機に乗りなれてないので大きさの感覚がいまいちピンとこないんだけど辺りの機材と比べると小さいですな。

タキシングしてC滑走路にゆるゆる移動する。辺りには飛行機がたくさんとまっている(あたりまえ)。なんか乗り物がいっぱいあるとわくわくするなぁ、ってこどもかおれw

お、離陸待ちの機が並んでいるぞ。えーと、先頭はA300で、次は4発のなんかでかいのだな(飛行機には詳しくないのよ・・・)
次々離陸してあっという間に我がB737-800の番になった。
ペッペッ!おっしゃぁぁ!いっちょやってやっからよぉぉ!という感じで爆音を響かせながらただならぬ勢いで滑走し、あぁ、このスピードじゃぁもう飛ぶしかないな、失敗したらただじゃすまないな、と思ったころに機体は浮上した。
市街地空港だし、管制空域の関係から機体はぐんぐん上昇しあれよあれよという間に東京都全体が見えてくる。で大きく右旋回。
飛んでいるんだから旋回するときにかなり傾くのは知識でわかってるんだけどなれないせいで離陸直後の急上昇旋回は 恐怖感>ワクワク であり、うはーだったけど雲の上まで上昇すると眼下に変にリアリティがないので うぉぉぉ!地図とグーグルマップと同じじゃん!(あたりまえ)に変わったのだった。

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おそらく興味があれば誰でも写す翼と富士山のカット(笑)グーグルマップで2時間くらいは軽く遊べる地図好きがこの光景をみたら撮らずにはいられません。

相模灘あたりから 地図的興味>わくわく>>>恐怖感 になってきた。
伊豆へ到達するころには えーとあそこが狩野川だからこの辺が沼津で、箱根の方からきてるあの筋が新幹線かな?お!なんか白いのが動いてるゾ、N700系だ!!(←うそw。さすがに形式までわからないけど列車は確認できますネ)
と、窓から目が離せない。

だいたい日本列島に沿ってフライトするので常に”脳内変換すると見覚えのある風景”が見えているので飽きない。3時間弱なんてあっという間だ、本も読むヒマありゃしねぇやw

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沖縄本島最北端が見えてきた!グーグルマップと同じ!

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我が車両航送中のフェリーではないかいな?
那覇に19:30ころつくなら15:30頃には60から80海里離れたこの付近のはずだ・・・

この項、長くなったのでいったん終了。
ではまた。つづく。

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だから私は沖縄へ行くの:羽田からの便り

今回はスカイマークで沖縄入りです。やすいから。

実質初めて(前回は物心つくかつかないかの頃)の飛行機利用なのでいろいろ調べたところスカイマークでは発券時に座席指定をするということなので、2時間くらいまえに空港へやってきました。
とりあえず窓側をとれたので一安心。乗り方もわからなかったのでいい年こいてちょっとドキドキしましたが、みんなやってるみたいにすればなんてことないですね(あたりまえだけど)。まぁ、5分おきぐらいに出発してるほど便が出てるんだから難しいわけないんだけど。

さて、落ちなければ次は那覇よりの投稿っす(←おいおい)

*那覇についてから修正しますた

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2008.11.21

だから私は沖縄へ行くの:某政府機関の資金はたぶん潤沢と勘ぐる

我が車両を載せたフェリーは時刻通りなら寄港地の志布志港を出港して舳先を南に向け一路沖縄に向かい始めた頃でしょう。
運転する人はいまだ八王子でブログ書いてますがw

さて、内地ではあまり沖縄ナンバーの車って見かけませんが、これは単純な話でフェリー運賃が目玉が飛び出るほど高いからじゃないでしょうか。
今回は仕事の都合、4トントラックを沖縄に持ち込みますが片道いくらだとおもいますか?
微妙にぼやかしてすばっと言う(←どっちやねん)と200,000円(二万円じゃないよ)を軽く超えます;
人間が行かないのでちょっと安くなってますがそんなもんです。
往復だと500,000円が見えてくるような値段ですね・・・

うーむ、普通の品物でこの運賃だと1車両仕立てての運送では、よっぽど理由がない限りコストにあいませんな。たぶん一般的に首都圏と沖縄間の貨物ってのは契約しての海上コンテナか、利益率が高ければ航空貨物になるんだろうなぁ。
長距離移動する機会の多い貨物車でさえ内地で沖縄ナンバーを滅多に見かけないのはこのためじゃないかな・・・

まして乗用車では、4トン車より多少安いにしても片道150,000円を支払ってまで東京まで自分の車を持ってきて運転する人もいないんでしょうねぇ、事情がない限りは・・・
観光なら、格安航空チケットで飛んできてレンタカーを借りた方が(たとえ一週間でも)まだ安いですからネ。いやいや、中長期滞在するにしても内地で中古車探したほうが・・・

ということで明日は羽田から那覇までフェリーを追い越し移動しますw

ではまた。つづく。

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だから私は沖縄へ行くの:中途半端な季節に沖縄県へ行くことに

寒い。凍えてしまう。(近藤正臣さんの歌う”雪が降る”ではないよ)
本日のニッポンはこの冬一番の寒気に覆われた。八王子の荘にも初霜の便りが届いた。

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季節は秋と冬の境にさしかかったようだ。
フツー積極的に”南国へ行きたい!!”とは思いつかない気がするこの時期に若干自分の意志とは無関係ではありますが何日間か沖縄本島に行くことになりましたので今回からはしばらくそのヨタばなし。

ぶっちゃけ、半分仕事がらみですが連休とからめてプライベートもからめてと、いろんなものを絡めての沖縄行きになります。今回は車も沖縄へ持ち込まないとならないワケでして、本日はフェリー会社に車を引き渡しにいってきた。

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こう切り取った画像だと見てくれはいいが、個人所有の車を運ぶ貨物船といった雰囲気が高レベル。
有明ふ頭の、フェリーのフェの字の看板も出ていない海上コンテナだらけの上屋の片隅から出港します。海運会社が運用しているフェリーと言ったほうが雰囲気が伝わりやすいかも。阪九とか新日本海とか宮崎とかのフェリーのつもりで行くと面食らうこと間違いなし!


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船は見えているのに看板もないし誘導標識すらないのでどこから入っていいものなのかなかなか行けないッす;だいたいが門には関係者以外立ち入り禁止の看板が出ているし。
でもここから入れば昭和から潮風に耐え抜いた感じのプレハブでまさに”港で働いている人”が受付をしてくれますよ。(よく見ると”大島海運”と入り口に看板がでてます・・・)

ん?と思った人もいるかもしれないけど車だけ渡して本人はこうしてウチに戻ってブログを書いていたりします。
なぜかと言えば、車だけ無人航送で送って人間が後から飛行機で沖縄入りした方がトータルで安かったりするんですねぇw
それに、東京の有明ふ頭から那覇新港まで正味2日の船上2泊3日行程(!)。一方、飛んでいけば羽田から那覇までおよそ3時間。そりゃー、あんた、船旅自体が目的じゃなけりゃ飛行機でいきますがな。

なわけで、20日16:00出港ですから、いまごろ我が車両は遠州灘沖を一路南西へ向かっていることでしょうか。

那覇の20日の最高気温20度最低気温18度ですか。最低気温でも八王子の最高気温13度よりずいぶん高いっすね。

ではまた。つづく。

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